船場(せんば)汁

博多にいた頃、よく食卓に上っていた船場汁。
大阪の問屋街の船場の丁稚さんたちが魚を食べられるのは塩っ辛い塩サバのアラの部分だけ。
それを大根とニンジン、葱を入れて炊き、塩サバから出る塩味と出汁で食べるものなんだとずっと思い込んでいた。
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なぜならサバの上身はお手代やら旦那さんが食べるからよなぁと思っていたら、Wikiでは書き方がちょっと違っていることが先ほど分かった。

☆船場汁☆

船場汁(せんばじる)は、大阪の問屋街である船場で生まれた料理。船場煮とも。
塩サバなどの魚類とダイコンなどの野菜類を煮込んで作る具沢山の汁。
塩サバの身、頭、中骨などを切り、ダイコンとコンブをいれて水から煮る。 具が煮えたら醤油で味を整える。薬味としてネギを入れる場合もある。
頭や中骨などのアラまで余さず使いムダがないこと、単価が安いこと、時間をかけずに食べられ、体が温まることなどから、忙しい問屋街で重宝され、発達、定着した。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

別に手代さんや丁稚などの階級は関係なかったようで、問屋街という言葉から、子どもなりに「年の若いやつは出世するまでちゃんとしたところを食べさせてもらえないんだ、可哀想になぁ。」と思い込んでいたよう。

それもこれもきっと「細うで繁盛記」で富士真奈美が憎たらしい役をやっていたりしたのをずっと観ていたころでもあったので、きっとそういう連想につながったのだと思われる。
未だにあのテーマ曲が耳の奥に流れてきますがな!

思い込みのレシピと言えば、博多の我が家には発祥不明のレシピがある。
家族内の通称「市松鍋」と「巻き巻き」

市松鍋はここ数十年作られていないと思ったが、小学生時代の定番の料理。

材料はキャベツとイカ、生姜の千切り。
これをアルマイトのデカイ鍋に入れて、出汁の素を加えて煮て、煮上がったところでそれぞれ器に取り、酢醤油で食べるというもの。
イカの胴は切手大に切り、ゲソは適当に食べやすい大きさに切る。キャベツも概ねそれに倣って大きさを合わせていた様子。
てっきり正方形に近い形に切るので「市松模様」の市松なんだとばかり思っていたら、インターネット中どこを探してもそんな名前のレシピがない。
生まれて46年も経って、オリジナルのレシピだったということが判明した。
ちなみにあっさりしているので、子どもの頃はあまり好んではいないメニューだったが、何度も出ていた。きっと安い食材でお腹いっぱい食べられることが最優先の苦肉の策だったのだろう。

「巻き巻き」はセルフサービスで食べる生春巻き風のメニュー。
薄く溶いた薄力粉をクレープのように薄く焼く。これを一人4~5枚くらい当てで焼きためておく。
本当は北京ダックを巻く皮を作るように捏ねた生地の内側に油を塗って二枚合わせにして蒸しあげて作るようなんだが、面倒くさいのでクレープ風にしたらしい。

これに巻く中身は…
・肉味噌(絶対必要。挽肉を炒めて味噌と醤油、味醂少々、酒でのばす。)
・炒めたモヤシ
・千六本に切った胡瓜
・白髪葱
・ハムの細切り(昔は魚肉ソーセージだったよ。)
・錦糸卵
・醤油で炒め煮した糸こんにゃく

この具を皿に盛り、テーブルに配置したら、先ほど焼いておいた皮を洋皿に広げて、まず最初に肉味噌を塗り、その上に具を各々好きなようにのせたら端からくるくるっと「巻き巻き」して、端からガブッと大口を開けてかぶりつく。

要領が悪い人はやたらと具材を入れすぎて巻ききれなくなって食べる時に恰好悪いことになるので要注意なのである。食べ方で品格が表れるというのか。

大人は肉味噌に白髪葱、こんにゃく、モヤシあたりでぐっと抑え目にするが、子どもはそんな渋いことをやっている場合ではないので、錦糸卵とハムの争奪戦になる。
その闘いに敗れると、糸こんにゃくや白髪葱をたくさん食べる破目になるのであった。

これも生粋の中国(両親が子どもの頃を過ごした満州地方)の料理だろうと思っていたら、まったく違うそうで、母親が通っている中国語講座の中国人の先生にふるまったら「これは何と言う料理なのですか?おいしいので国に帰って教えてやりたい。」と言われたそうなので、間違いなく多国籍料理なのである。

先日、中華街を大学の先輩と食材探しをしてぶらぶらしていたら、冷凍食品の棚で「まきまきの皮」というのを発見した。
「おぉやっぱりルーツは中国にあったのか!」と思って見ていたら、何のことはない、北京ダック用の皮で、いろんな具材を包んで食べるとおいしいよ!という提案を「まきまき」という言葉でやっているだけだった。
もし、この「まきまきの皮」というネーミングをした人が博多の両親つながりの人だったら、驚嘆に値するわけだが…そんなことはなさそうだ。

当時の現地では屋台で薄焼きの小麦粉皮にテンメンジャンを塗ったものをくるりと巻いて、新聞に包んで手渡してくれるものを労働者がおやつに食べていたという話は聞いた覚えがある。
その発展系でテンメンジャンの他に贅沢に具を入れて食べてみたら、「いいじゃないの、コレ!」ということのようだ。

市松鍋と巻き巻きがここから始まって、全国にその名を知られることになったら元祖として有名人になれるのか????
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by yamomet | 2007-02-03 16:35 | ごはん・ランチ


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