博多・家族・縁

10/27、半年前から言われていた親の80歳の祝いのために早朝、川崎を出て羽田に向かいました。娘と息子二人を連れて、眠い目をこすりながらの移動。
夜行バスで池袋に着いた女房と長女が始発で羽田まで移動。空港のスカイマークのカウンター前で待っており、家族5人無事に羽田で合流。

席の予約の関係で、先発は僕ら三人、後発が女房たち二人。
福岡空港で10:30に合流し、実家に向かい、その足で今日の会場である志賀島へ。

d0035104_912610.jpg今回のメイン行事は、姪っ子が奔走して作ってくれた僕ら兄弟4人とその子どもたちの写真を一枚のDVDにスライドショートしてまとめてくれたものを贈呈すること、両親自身も見たことがない誕生日の新聞をプレゼントすることでした。


d0035104_9161373.jpg昭和2年当時、西日本新聞は「福岡日日新聞」。
段組にしてはあるものの、一部にはレ点が打ってあるところがあったり、本文の中で強調したいところがあったら太字にして活字のサイズが大きめにしてあるなど、時代を感じさせるその紙面は両親にしても初めて目にするもので驚いたことでしょう。
DVDのスライドショーは、僕らも見たことがない写真が次々と展開し、懐かしく胸がきゅっとなるような思いがしました。忙しい中、延べ20人の兄弟、従兄弟に声をかけて写真を集め、編集してくれた姪っ子のエリちゃんには本当に感謝。

大病を何度も患いながら、命拾いをしてきた父親と貧乏しながら子どもを育ててきた母親。
この二人のDNAは確実にそれぞれの子どもに受け継がれ、次のステージに向かってそれぞれの人生を歩んでいることを確認できた一夜。
兄弟間でも集まる機会がなくなっているので、こういうことでもない限り、全員が集合することはめったにないというのか、できないことになっている昨今。

長姉が「みんなで集まったら、楽しかろうね~。」と言って始めたこの一夜の祝宴で、十何年ぶりに会った甥っ子や姪っ子たち。
甥姪同士で再会の機会を相談している姿を見ると、やはり人は会える時には会っておきたいものだとつくづく思いました。
いろいろとお金の事情や時間の都合はあれど、大事だと思える人にはまず足を運んで会う、ということが何よりも大事なんだと思います。

それと、そうやって会いに行きたい人になっていたい、ということも思いました。
都合で後回しにされない、大事な人になれてたら良いですね。

d0035104_9222015.jpg宴の締めは、博多ですから「祝いめでた」。これは長男である兄貴の仕事。立派な締めでした。多謝。
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by yamomet | 2007-11-17 09:27 | 生活ダイアリー


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