やっぱ雪国ならこの景色でなければ

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雪国でも雪の量は減っているとはいうものの、やっぱり東京よりは積もるわけで。

この何年か新潟でもアパート暮らしなので、屋敷の雪囲いを初冬に家族総出でやることもなくなったけど、かつては休みごとに植木、一階の窓、玄関と毎年決められた場所にこれまた決められた角材や竹を運ぶ。

それを植木職人のように組み立てて雪が建物を覆い尽くしても窓が割れないようにする作業が一人でできるようになると、若旦那として一人前になったなぁと言われる。

博多育ちで雪と無縁だった僕は面食らったけれど、この冬支度は季節の変わることが体で分かって、冬を迎える軽い高揚感があったな。

さぁ囲いが済んだら、スキーのエッジを磨いてキャリアをつけて、ウェアも出さなきゃみたいな。
二十代後半はスキーが面白くて仕方なくて、仕事をキッチリ定時で上がって六時からナイター三時間滑って来るとか楽しいことやってたなぁ。
腕前は思ったほど上がらなかったけどね。
大のコブ斜面嫌いだし。

年末にけっこう酔っぱらった状態で、雪の降りしきる中、初詣で氏神様に詣ったんだけど、その時のこと。

女房が雪道のド真ん中をのしのし歩く僕に「誰かの踏み跡を歩けば楽に歩けるから、ここを歩いたら?」と言う。

雪の量は15センチばかりなのでどこを歩いても歩けるのだが、彼女は何度かそう言うわけである。

その時にハタと気づいたのは越後人の堅実さはこういう生活の知恵が何百年にも渡って伝えていった結果、前例があってより安全で確実なものを選ぶのが常識というのが無意識に刷り込まれているのだろうと。

少なくとも雪道に関してだけ言えば、道を外れないようにするのが大事で、その時の雪が多いからこうして、少ないときはこうするというものではなく、前に続く踏み跡を辿れば雪の量に関係なく、歩けるという選択がまず出てくる。

ここで感じたのは、どうしたら歩く場所を選ばずに歩けるかとか、踏み跡がなかったらどうすれば良いかなどを考えるチャンスは少ないのかもしれないなと。

何が言いたいか?

新潟にはまだまだ新しい仕事のタネや市場が展開する余地がありそうだと思ったということ。

「それはこっちじゃ普通やらないよね~。」
「そんなのやる人いないよ。」

そういうところがチャンスになるかもしれないと希望を持っている。
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by yamomet | 2008-01-23 12:31 | 生活ダイアリー


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